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薄ミュ藤堂平助編京都公演を見てきました。
備忘録に感想というか考察メモです。ネタバレです。覚え間違い・妄想による補填がめっちゃ多い。
無駄に語りかけ口調なのは自分に話しかけてるからです脳内会議録ですすみません。

今後書き足したり訂正したりするかも。
思い出すたび誰かと話をするたびあそこはああだったんじゃないか、こうだったんじゃないかと
新しい面に気付かされることが多く、改めて作りに作りこまれた劇だなあと思います。
すごかったです…すごかったです…
ストーリーはもちろん本編平助ルートをなぞるものでしたが、黎明録平助ルートのエピソードを交えるなど
平助の人生の悩み・テーマを練りに練って作られていると感じました。
(その分、え、あれはどうなったの?とか風呂敷全部たたみきれてないとかあったなあと思うのですが、全体の力強さ・勢いに押されてどうでもよくなる感)
私は初演でびっくりした次の二点に注目して数公演を見てきました。
①平助と山南さんの対比。仙台城での二人の戦いは平助にとってどういう意味を持つものだったのか。平助にとって「仲間」とは誰のことだったのか。
②平助と千鶴の関係。手に手を取り合って支えあう印象のへいちづですが、公演ではなんと数回しか手を握っていない。覚えている限り10回にも満たない。驚きの数回。むしろ手を握る場面を希少にすることによってその時の心情がはっきりわかるよう演出されている。

①私見ながら、無印ゲームの山南さんはまさにラスボスであり
その狂気は突き抜けすぎていっそコミカルでもあるなあと感じていました。
しかし薄ミュの山南さんは、冒頭試衛館時代のエピソードから始まり、途中未来を暗示させる歌を交えつつ、徐々に変わっていく姿が丁寧に語られていきます。
初めて羅刹を殺した時のことを覚えているか?と尋ねられて忘れましたと答える羅刹山南さんと、仲間を羅刹にしてつらくないはずがないと吐露した山南さんの対比が本当に切ないです。

ゲーム本編でも平助は山南さんを「もしかしたら自分がこうなったかもしれない」と語っています(と、思う)(うろ)
それから原画のカズキヨネさんのスチルコメントで、倒れる山南さんを見下ろす平助についてさげすんだ表情にしないよう複雑なものにした、というのが印象的で今でもよく思い出します。

薄ミュはそこを丁寧に拡大して平助と対比させたなあと。
同じ流派で同じ羅刹で同じ新選組の裏切者で、たった一つだけ違うのは平助が言った通り千鶴がいることだけです。
(他の羅刹と自分が違うのは…と平助は語りますが、薄ミュで山南さんとの違いなんだと思いました)
薄ミュの山南さんは確かにめっちゃ狂っていますが、平助と同じように自分の選んだ道を自分で選び信じて歩んでいる人だと思えるように描かれています。
2章冒頭の平助の悪夢と同じように、山南さんにとっては、まわりこそ自分の言葉が聞えていないのです。

平助の「千鶴、オレ、山南さんを倒すよ」という台詞、ゲームでは私は千鶴への単なる語りかけだと思っていました。(もうすでに決定した事項を改めて告げる的な)
でも薄ミュではこの言葉が思いもよらない程心を打って、それは仲間に剣を向けたくないと何回も何回も叫んできた平助が、どうしてもこの人の選んだ道を許すことはできない、この人の進もうとしている道の真ん中に立ち塞がり、これ以上進めないように殺す決意した瞬間だと思うからです。
「やってみないとわからないと思う」と今まで誰も否定したことのない平助君が。
あの平助君が。(ベタフラ)
(明らかやったらあかん道だし千鶴のいない他ルートでも平助君は選ばない道ではありますが)

「羅刹の国なんか作らせねえよ」と言って平助が山南さんに刀を向けた瞬間の静けさ、言葉にならないです。
ゲームでは「おそろしいことに山南さんの顔は心から悲しんでいるように見えた」と千鶴ちゃんがおののいてるシーンですが薄ミュではおそろしいどころか悲しくて胸が詰まりました。山南さんも平助もとても悲しんでいるのが分かったので。

仙台城の戦いのシーンは思い出すだけで胸がいっぱいになるほど大好きです。
仙台城にかけつける新八・原田、たぶん別の場所で戦っている斎藤・沖田・土方、対峙する千姫と風間、同じ鬼だろーと助太刀する不知火・天霧、散る火花が見えるような、全身全霊で斬りあう平助・山南さん(京都楽のここの殺陣は鳥肌が立つほどだった)、平助君だけじゃない皆の鼓動が聞えないかと語りかける千鶴、山南さんが思い出した皆の戦う姿・それを見守るように立つ近藤・山崎の影、みんなの笑顔が見たいと歌いながら立ち上がり胸から刀を抜き出す平助、思い出しながら書き出すだけであたたかい気持ちで満たされるようです。っていうか泣きそう。

平助の歌う「みんな」はもういません。
でもすでに道を違えた新八や原田が「新選組の仲間と戦った過去を明日につなぐ」(うろ)と歌ったように繋いだ縁は消えない。(というのが薄ミュのテーマというか定石なんだと思っていますが、藤堂編でこれを仲間というテーマに繋ぐとは思ってなかった)完全に決裂し殺しあう平助と山南さんですが、それでも山南さんはこの場でも敵ではなく「仲間」なのです。

私はここで、冒頭新八が平助に言った「真剣にやってる奴に手抜くとか失礼だろ」(うろ)という言葉を思い出しました。
平助が山南さんに刀を向けるのは、真剣な相手に対する礼儀であり、仲間へのはなむけであると思いました。
心臓を貫かれた山南さんが正座し、平助が横で刀を振り上げる姿は介錯だと思ったからです。
どっちが正しいとか間違ってるとかではなく、どうしても譲れないものがぶつかりあった結果だから
介錯の形をとったんじゃないだろうか。
切腹はしていませんが、山南さんなりに道理があったことを示していると思いました。
(でも山南さんは皆の顔を思い出し平助の剣を受け死ぬ道を選びます=自分の道を自分で閉じたなと)
「ひとつ聞いてもいいか」「答えられることだといいんですが」という激しい息の下の二人のやりとりは昔の親しい仲間のもので、山南さんの首をかききった後天を見上げて泣く平助君は仲間の死を嘆く人そのもので、平助ルートってこういうことだったのかと目玉が落ちそうでした。

ちなみにま、まんじさんの無駄遣いーーーーーwwwwって思った父様が斬られるシーンについて、
千鶴が膝から崩れ落ちそれを平助が抱くように寄り添う、山南さんが綱道さんをあざ笑う、
千鶴に代わるように平助が怒り刀を支えにゆっくり立ち上がるシーンがしぬほど好きで、
千鶴を守るというテーマを一貫させているし、誰かのために心底怒ることができる平助の陽の気質を表しているいいシーンだなあと。ここの平助が一番かっこよくて惚れます。
思えば本編では平助につらいこと続きで、こんなふうに平助が千鶴の背中を支えるシーンってなかったんじゃないか。(えっほんとなくない?)だからか薄ミュの平助はへいちづはゲームより大人びている気がします。

②へいちづは互いに支えあう友達夫婦が私の認識だったのですが、薄ミュの千鶴は支える女だったなと。
特に平助が羅刹になって後、平助があのラストにたどりつけたのは千鶴がいたからだと強く思いました。
「この腕がすぐ崩れるかもしれない」「それなら私が手を伸ばすよ」のシーンで、千鶴が平助の手を取る時
まず片手で平助の手をしたから受け止め、さらに下から片手を添え、平助の手をまさに支えます。
包むのでもなく握りしめるのではないところに千鶴の意思を感じました。
平助がすぐ自分の手をひっこめてしまったように、平助の意思を尊重してると言ったらいい言い方になりますが。
ここからは完全個人の妄想ですが、千鶴は平助に自分から握ってほしいのだと思いました。
昔の屈託のない平助のように触れてほしい、平助自身が生きたいと思ってほしい、その為なら何でもする、
千鶴自身も気付かないような、一瞬ぞっとするくらいの欲求を感じました。
そのせいか、供血シーンは今までの薄ミュ千鶴ちゃんとは違う色気を感じました。
なんか私には快感を覚えていると思えたのですが…
下世話な言い方で本当に申し訳ないのですが千鶴が男を知っていたら濡らしてたんじゃとさえ思いました。
そんな自分にすら気付かない程一生懸命平助を追いかける千鶴は本当に一途で可愛くて、可愛くて、
他に観劇した友人も言っていたのですが、こわくすらありました。

それはきっと、平助が見つけた戦う理由「千鶴を守るために」のせいではないかと。
千鶴を守るために平助は油小路で死に、何回もなます斬りにされ、苦しんでのたうちまわって、
それを隠して笑ってみせたり、最後は仲間(山南さん)を斬ることになります。
(山南さんの討伐は土方さんの命令ではありますが、説得ではなく戦うと決めたのは平助です。
山南さんが選んだ道が千鶴を傷つけ、平助の道を進むには戦って相手を殺すしかないと思ったからです。
綱道さんが殺されるシーンをきっかけにするのは本当にこれが分かりやすく感動しました)
狂気に近いほど千鶴が思いつめるのも必然ではないかと。
思いを抱いていた明るい男の人が自分のせいでそんな目にあって苦しんでいるんだから。

こういう考えで観劇してると、「そんなふうに言われたら私が平助君に必要なんじゃって思ってしまうよ」とか
「ううん、もっと強く抱きしめて」とかに深い思いが感じられる気がします。

でもそこまで千鶴が重いものを身のうちに溜めてでも平助のそばにいたことで平助は
救われたのだと思います。それくらい平助が溜めているものも重いのだなあと。
へいちづの拒否イベントから思いを交わすシーンを一気にやるせいか、
ゲームよりも「オレはおまえがいないと生きられない」という台詞がわかりやすくなっている気がしました。

無双録で千鶴の声が入った掛け合いを一部聞けるのですが、
そこで桑島さんのある台詞の言い方に驚いたことがあり、
同じように薄ミュは、特に千鶴の演技にはっとさせられることが多く、
(友達から聞いた話、千鶴役の方も演技に悩まれたらしく、公演中の演技の変化はすさまじくて
すばらしいものを見せて下さってありがとうございましたとしか言いようがない)
どれだけ役者さんは演じられる役のことを考えたのかな…って思うと深淵をのぞきこむ思い。
本当にありがとうございました。
東京公演も2回見る予定なので今度は違う目線でも見てみたいです。
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